ハンセン病・隔絶四十年―人間解放へのメッセージ

ハンセン病・隔絶四十年―人間解放へのメッセージ

ハンセン病・隔絶四十年―人間解放へのメッセージ

 再読。
 らい予防法が廃止される以前、今より差別と偏見が強かった時、本名を名告り、里帰りを実現されたというのは困難なことであったと思う。
 回復者の方が名告りを挙げられるまでの半生を語られる本が次々と出版されている。宗教であったり、思想であったり、それぞれに依って立つところがあるが、伊奈さんが名乗られた動機は、親鸞であり、真宗であった。しかも、決して知識や学問としての信仰ではなく、園名を「藤井善」とされたことに重なるが、明らかに親鸞という人の生涯に学ばれたものであった。「行動」であるとか、生き方というものを親鸞から学ばれたのだと思う。
本名を名乗った動機 〜故・伊奈教勝さんの場合〜
 伊奈さんが亡くなられたのは1995年12月26日。明日が13回忌。

 この本の後半は対談形式になっている。そのなかで、「差別される理由がないのに、なぜ差別はあるのか」という疑問、あるいは憤りを話し続ける中村真佐子さんが、一人、浮いているように感じる。他の出席者が過去の因習、偏見、政策などについて説明するのだが、差別者を代弁して話を重ねるほどに、ハンセン病差別の原因とされているものが空虚な幻想でしかないことが浮き彫りになってくる。しかし、この幻想が人を動かし、人を差別し続けているのだ。
 「差別される原因がないのなら、あなたはなぜ療養所にいるのですか?」
 里帰りを勧めている回復者の方が、このように問われることが、一番辛いと言われた。一晩かけても話し尽くせないと言われた。
 差別の傷跡は今も深い。癒されていない。