08年安居次講 『宗名往復録』註解

[著者名] 木場 明志 [書籍コード] 004096 [価格] \3,000 [ISBN] 978-4-8341-0393-9 C3015
発行 東本願寺出版部


刺激的な本だった
浄土真宗」というのは一宗派の名前ではなく「真の宗」という言葉なのだ
という話は何度か聞いたことがあったが その現実を歴史の上で確認できる本
浄土宗との論争の末に 明治維新後に「真宗」が「宗名公許」となる経緯がまとめられている
この論争があったがゆえに それまではっきりとしていなかった浄土宗との
教義の違いが明確にされ 真宗における聖典 宗祖 相承などが
整備 固定されていったという一面があるという
しかし である

すくなくとも法然上人に背く意志のなかった親鸞聖人は、師から承けた浄土門の教えそのものを「真宗」としたのであり、それは宗名ではなかったとしてよい。

宗派名となったことによって教えの内容を指す本意が失われ、「真宗ではこうなのだ」というように用いられることが生じたことは遺憾というほかはない。「真宗」の本意を忘れず、取り戻す努力を払うことが肝要だろう。

私ども真宗門徒にとって、宗名とは何であるのだろうか。江戸時代以来の永い論争を通じ、明治以後に宗名は回復された。しかし、見てきた通り、「真宗」の宗名は浄土宗との関係に配慮して明治政府が許可したものである。(略)浄土宗が正しい、浄土真宗が正しいと思い込むことなく、またいたずらに違いを主張することなく、どこまでも法然上人から相承された親鸞聖人のお教えを学び、そのお教えに沿って私ども門徒は生き方を定めていかねばならない。(略)それによって「宗祖」の語が誕生し、今や「宗祖に出遇う」ことが宗門における重要課題にもなっている。(略)宗名をめぐる過去の学匠・門末の営為をたどることで、真宗のたどった歴史に発する課題の重みを少しでも読み取ることができたならば幸いである。

御遠忌を迎えることを機縁として
宗派の繁盛 ではなくて 「真宗」という言葉の重みを頂かないと と思った